Seoulの風だより

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まだ青々としている木々は、日本の実家の庭で撮ったものです。父の葬儀のため、しばらく日本に戻っておりました。

ソウルの話題ではなくて恐縮ですが、記録に残す意味も含めて、今回は父のことを少し記しておきたいと思います。

11月4日に父が息を引き取ったという知らせを聞いてから、この週末まで、正に目まぐるしい日々、怒涛の日々を過ごしておりました。そのため、私の知人、友人の多くの方々には、この場でお知らせすることになってしまったことをお詫びいたします。
また、この間、本当に多くの方々に多大なご支援をいただいたことを、心より感謝しております。

아직 푸른있는 나무들은 일본의 고향집 정원에서 찍었습니다. 아버지 장례식 때문에 잠시 일본에 가 있었습니다.

서울의 화제가 아니라 죄송 합니다만 기록에 남기기 때문에 이번은 아버지에 대해서 조금 적어 두고 싶습니다.

11 월 4 일 아버지가 돌아가셨다는 소식을 듣는 이후 이 주말까지 계속 노도의 나날을 보내고 있었습니다. 그랬기 때문에 제 많은 지인, 친구분들께 여기서 알려드리게 되어 버린 것을 사과드립니다.
또한 그동안 정말 많은 분들께서 많은 지원을 주신 것을 진심으로 감사드립니다.


このブログでも何回か、父の話題に触れたことがありました。数年前に肺線維症(特発性間質性肺炎)という難病を発症して以来、それまでの超アウトドア(!!)な生活を封印して、自宅療養をしておりました。

教職に就いていた父は、元来の外交的な性格とも相まって、同僚の方、教え子さん、さらにはPTA関係の保護者の方々まで、交友の幅は果てしなく広いものでした。とにかく「人」が好きで、「人と過ごすこと」が大好きでした。(さらに「酒好き」「タバコ好き」「遊び好き」…。)

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一方で、付き合いに興じて家には殆ど寄りつかず^^;、子どもの頃は父の顔を殆ど見なかったような気がします。たまに家にいるかと思えば、ほどなくご友人や教え子の方が遊びに来て、飲んだくれるか徹マン(徹夜麻雀)か…。朝起きて居間に行ってみると、こたつの周りにカタツムリのように人がぐるりと倒れて(寝て)いる…!!なんてことも数しれず、、、でした。042.gif まだ子どもだった私は、それはそれで楽しかったですが、母は大変だっただろうなぁ…と今更ながら感じております。


周りの方々からお聞きする父といえば、「豪快」「豪傑」「自由奔放」「太っ腹」「親分肌」…。そうそう、私から見てもそう思います。^^;。多分、仕事上は決して褒められないような「反面教師」の部分も多々あったのではないかと。。

そんな父が度々私に「お前は俺に似ているんだ!」と言ったり、皆さんに「娘は俺に似ている」と言っているのを聞くと、「絶対違う!!! 一緒にするな~!」と否定したい時も多々ありました^^;。でも、今自由に、好きなことで仕事をしている自分は、やっぱりちょっと似ているのかも…と最近は思い直しつつあったり。。

殆どの時間をベッドで過ごしていた療養中のある日、退屈そうな父を見て
「お父さん、これまでにあった様々なエピソードを書き出してみれば? 相当面白い本ができると思うよ~。」
と、冗談半分で提案したところ、
「無理無理! とても人様に伝えられるような内容じゃない!!」
と、即刻否定していました。はは、そうだよね。私が知っている父のエピソードでさえ、その9割は、とてもここには載せられないような話ですので^^;。

それでも、残り1割の中から、1つ取り出してみますと…。

退職後、学生時代のご親友のTさんからの依頼で、ODA関係の仕事でアフリカ・モーリタニアに9ヵ月間ほど赴任したことがありました。父は生物学の専門家ではありますが、現地公用語のフランス語はもちろんのこと、英語も全く話せません。。(今の小学生の方が、間違いなく父よりずっと上手です!)
それでも、9か月間の任務を(多分)無事にこなして帰ってきたとき、
「英語もフランス語も全くできなかったし、上達もしなかったよ。がっはっはっ003.gif
と自慢げに話しておりました。(決して自慢できることではない~!)

さらに、今回母から聞いた話ですが、赴任中、お隣の国セネガルの要人宅での食事に招待され、乗客父1人のセスナ機に乗って出向いたことがあるそうです。そこで要人の方と会い、一緒に食事をし、また乗客1人のセスナ機に乗って帰っていったとのこと。

父はそこでお会いした方々と一体どうやってコミュニケーションをとったのか…?! 

今となっては永遠の謎となってしまいましたが、恐らく、ボディランゲージとはったりの日本語(!?)で乗り切ったのであろうことは、想像に難くありません。^^;。

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そんな「豪快」で「屈強」、病気知らずだった父が、晩年は思いもかけなかった難病と闘うことになりました。それでも、発症後しばらくは、進行を抑える薬がタイミングよく使えるようになったこともあり、安静にではありますが、穏やかに過ごすことができた日々もありました。お酒とたばこはさすがにやめましたが、「遊び」は変わらず健在。ご友人方と小旅行をしたり、カラオケに行ったりして、自分なりに楽しみを見つけていたようでした。

それでもやはり進行を止めることはできず、日1日と、昨日までできたことが今日はできなくなっていきました。本人は「今まで好き勝手にやってきたばちが当たったかな」なんて話していましたが、強がりながらも、制約された狭い空間で、日々苦しくなってくる呼吸で過ごさなければならないのは、肉体的にも精神的にも、想像できない辛さであったことと思います。

特に、この1年は病気の進行が速くなってきてしまい、危険を感じたことも幾度となくありました。2011年に入ってからは、東日本大震災があったり、父の身近でも悲しい出来事があったりと、心を痛めることが続いたことも遠因となりました。それでも父は、不死鳥のごとく(!?)それを克服し、危機を脱してきたのでした。そんな時、「病気になっても本来の屈強な精神は健在なんだなぁ」とつくづく感服したものでした。また、父が病気になって以来、自分のことを全て犠牲にして父のそばで看病をしてきた母の力もまた、非常に大きかったと思います。


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息を引き取る前の2週間は、呼吸困難の状態が続きながらも、たまに楽になる息遣いで、お見舞いに来てくださった皆さまと笑いながら話をしていたと聞きました。何度も足を運んでくださった学生時代のご親友Kさんは、今年の父からの年賀状に
「病気になって考えることは、悲しみや寂しさが殆どです。でも、友人や教え子たちの温かさや優しさに触れると、急に生きる勇気が湧いてきます。」
とあったと教えてくださいました。

屈強ではあった父ですが、時に弱気になる自分と必死に闘いながら、ご友人や教え子の皆さまから力をもらい、ここまで生きることができたのだと思っています。

葬儀には、予想を遥かに超える方々が父を見送りにきてくださいました。父がこれまで培ってきた「人の輪」のすばらしさ、温かさが、今、私の心に沁みています。
最後の最後まで父と付きあい、父を励ましてくださった皆さまには、心の底から、感謝の気持ちでいっぱいです。本当に、本当にありがとうございました。


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生きて、生きて、生き抜いた父は、きっと今頃、自由になった身で、お酒をガンガン飲みながらいい気分になって、私にこんなふうに言っていることでしょう。

「riko! お前も精いっぱい生きろ!! それと、俺の分もお母さんをいたわってあげるんだぞ。」

今回ばかりは、その先生口調のおことばも、謹んで承りますね、お父さん^^。


~今まで、本当にありがとう~


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by riko-wind | 2011-11-16 00:12 | Comments(2)
Commented by 석기 at 2011-11-18 23:07 x
얼굴을 뵌적은 없지만, 행복한 곳에서 맛있는 술을 드시며 사토코상 걱정을 하고 계시지 않을까 싶네요...힘내시구요...!
Commented by riko-wind at 2011-11-20 02:16
☆석기상
고마워요 석기상. 저는 괜찮습니다. 네, 아버지께서는 지금쯤 술을 마음껏 즐겁게 드시고 계시는 것 같네요^^.
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2010,3からの韓国ソウル生活。風のごとく気ままに綴ります。


by riko-wind
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